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福井地方裁判所 昭和33年(ワ)72号 判決

原告 国

訴訟代理人 越智伝 外一名

被告 株式会社 福井相互銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「被告は原告に対し金六五、四〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその請求原因として、

第一、被告は、

(一)  訴外大橋健三(当時被告の使用人)所有の福井県武生市幸町四八番地の二、家屋番号同所一二一番、木造瓦葺二階建居宅一棟(建坪一二坪七合五勺、外二階七坪五合)(以下本件家屋と言う)につき、昭和二七年七月一〇日右訴外人に貸付けた金五〇、〇〇〇円(弁済期同年一二月三〇日、利息日歩金三銭、その支払日は毎月末日)の債権の担保として第一順位の抵当権設定を受け且つ同日その登記(福井地方法務局武生支局受付第一、七三三号)を受けた。

(二)  また当時右訴外人の横領に因る損害額金二九九、二二五円の賠償債権保全のため本件家屋に対する仮差押命令(福井地方裁判所武生支部昭和二八年(ヨ)第六一号事件)を得てこれを執行し昭和二八年一一月二七日その旨の登記(同支局受付第二、九三九号)を受けた。

(三)  ついで右訴外人に対し前記抵当権実行のための競売を申立てた結果、本件家屋は昭和二九年一〇月二二日代金二七万円で訴外田中覚に競落許可決定せられ、被告は同年一一月一八日右競落代金中から抵当権の被担保債権金五五、七四五円、競売費用金六、〇七一円の合計金六一、八一六円の交付を受けた。そして剰余金(二〇八、一八四円は同裁判所歳入歳出外現金出納官吏裁判所事務官奥野佐太郎(以下奥野と言う)の手許に保管せられていた。

第二、他方原告は、

(一)  訴外大橋健三に対する医療費残金六五、〇六八円の債権につき右訴外人と昭和三〇年五月六日裁判上の和解を為し(同支部同年(イ)第六号事件)右訴外人は右金員を同年同月一〇日限り原告に支払うこととなつた。

(二)  しかるに右訴外人は右和解条項を履行しなかつたので、原告は同月一二日同支部に対し、右訴外人を債務者、奥野を第三債務者として、右訴外人の奥野に対する前記競売代金剰余金二〇八、一八四円の還付請求権中金六五、四〇〇円(内訳前記医療費残金六五、〇六八円、利息六二円、執行費用二七〇円)につき債権差押及び転付命令の申立を為し、同月二〇日その命令を得、右命令は同月二二日右訴外人及び奥野に送達せられた。けれども奥野は右転付命令の効力を否定してその支払に応じなかつた。

第三、かくするうちに、被告は前記仮差押命令事件の本案事件(同支部昭和二九年(ワ)第一〇六号事件)において昭和三〇年一一月四日「右訴外人は被告に対し金八一二、二一五円及びこれに対する昭和二九年一一月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との旨の仮執行宣言付勝訴判決を得、これに基いて配当要求し同年一二月二八日頃奥野の保管していた前記剰余金二〇一、一八四円を配当として交付を受けて了った。

第四、ところで競売法の認める担保権実行のためにする競売手続は、担保権者が被担保債権の満足を得るための物的責任実現の手続であるから、競売手続においては優先弁済を受け得る担保権者以外の一般債権者に対する考慮を必要とせず、且つ競売手続の迅速をはかる趣旨からも、一般債権者の配当加入は、債務名義によると否とを問わず認めないのが相当である。もし担保権者に対し売得金を交付してなお剰余金がある場合は一般債権者は別に民事訴訟法による強制執行手続により右剰余金に対する還付請求権を差押える方法によりその目的を達すべきが至当である。

それ故に前記裁判所が被告の本件家屋に対する仮差押に配当要求の効果を容認し、後日被告が債務名義を得て執行するに至るまで奥野をして前記剰余金を保管せしめた上前記第三のとおり配当として奥野から被告にその支払を為したのは、競売法に違反した支払であつて、その支払は無効である。(裁判所としては原告の差押並に転付命令を有効として取扱い、前記剰余金から転付債権額を控除した残額を支払うべきであつた。)それ故に被告は前記剰余金二〇八、一八四円の支払を受けたことにより法律上の原因なく同額の財産上の利得を受けそれがため、反対に原告は差押並に転付命令に基いて支払を受くべき金六五、四〇〇円の支払を受け得られなくなり、同額の財産上の損害を蒙つたことになる。

第五、よつて原告は被告に対し不当利得の法理に従い右金六五、四〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の第一及び第三の各事実は認めるが、同第二の事実は不知、第四の主張は法律上その理由がないと答え、なお

(一)  前記奥野が前記剰余金二〇八、一八四円を保管していたのは本件家屋の仮差押債権者である被告に配当すべき金員としてであって、訴外大橋に還付すべき金員としてではなかつたのであるから右訴外人は奥野に対して右金員の還付請求権を有しない。従つて右訴外人が奥野に対して右還付請求権を有することを前提として為された原告の差押並に転付命令はその効力を生じない。

(二)  仮に右転付命令が有効であるとしても、原告は右転付命令の送達通知の手続によつて右訴外人からの弁済を受けたものとみなされる結果何等の損害を蒙つていない。

(三)  他方被告は判決に基いて仮差債押権の支払を受けたのであるから法律上の原因なくして前記金員を不当利得したものとは云えない。

と述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告主張の第一及び第三の各事実は当事者間に争がなく、同第二の事実は成立に争のない甲第三号証ないし第六号証に照して明白である。

そこで本件は抵当権設定後その目的家屋に対して抵当権者である被告自ら抵当債権とは別個の債権の執行を保全するため仮差押した場合であるが、この場合仮差押債権者である被告に対して抵当権実行の結果生じた剰余金について如何なる効果が認められるかの点について考える。

およそ仮差押は執行保全の手続であつて、他日、強制執行の要件を完備するときは直ちに執行手続を進め、しかも、この執行における差押の効力は仮差押執行時に遡って生ずるとするのが現行の制度である。従つてその執行要件が未だ完備しない間に別に競売法による競売手続が開始せられても、その競売手続は仮差押とは無関係に進行せらるべきであるが、すでに為された仮差押の執行はそのため失効する道理がない。(もし失効するものとすれば仮差押の執行保全と云うことは有名無実に帰することとなるからであり、右の道理は仮差押が執行保全のため為されるものであると云う仮差押の本質から生ずる当然の帰結である。)

そして競売法による競売が行われる場合、執行力ある正本を有する無担保債権者が執行に代え配当要求を為すときは、もとより、担保権者に優先する力こそないけれども、担保権者に配当せられた剰余金について配当を受け得るものと解せられる。(このことは自ら進んで執行力ある正本によって強制執行を為したと同一の結果を生じないからである。)

それ故に本件の如く抵当家屋に仮差押が執行せられている場合に、抵当権実行の結果剰余金を生じたときは仮差押の効力はその剰余金にも及び仮差押債権者は他日執行要件を完備し執行力ある正本により配当要求を申立て得るものと解せられるから、本件剰余金を生じた昭和二九年一一月一八日当時においては本来訴外大橋に返還すべき右剰余金は一応仮押債権者である被告のため他日その全額又は一部金額について配当要求のある場合を考慮し供託すべきであつたが、奥野は右供託に代え保管していたものと解せられる。(もつとも、他日仮差押債権者である被告において執行要件を完備し得ず執行力ある正本を得られないことが判然した場合は右剰余金は全額を訴外大橋に還付すべき性質のものであつたことは勿論である。)それ故奥野が保管していた右剰余金は一方においては、仮差押債権者からの右配当要求のあった場合はその全部又は一部を同人に交付すべきものとし、他方右配当要求が不可能となつた場合はその全額を訴外大橋に返還すべきものとして保管していたものであることは疑ない。

ところで原告は前記認定のとおりその主張の金額について昭和三〇年五月一二日その主張の執行力ある和解調書正本に基き訴外大橋の奥野に対する還付請求権を差押え且つ転付命令を得て執行したのであるが、その執行は前記抵当権実行の競売期日の終了後になされたものであることはその日時の関係上明白であるから、前記剰余金に対する配当要求としては効力がなく、且つ又前記剰余金に対する右差押並に転付命令の執行は前記仮差押債権者である被告が後日執行要件を具備して配当要求を為した場合は右剰余金の全部又は一部は被告に配当せらるべき危険を負担したものであることは前示説明するところによつて明白である。

他方被告は前記認定のとおり昭和三〇年一二月二八日頃被告主張の仮執行宣言付勝訴判決正本に基きその主張の金額について右剰余金に対して配当要求を為したのであるから、ここにおいて、右剰余金はその全額が被告に配当せられるべきものとなり、原告の前記差押並に転付命令はその目的物を欠くに至つたのである。それ故にその余の点を判断するまでもなく原告の第四の主張は理由がないこと明白である。

よつて原告の請求は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神谷敏夫 市原忠厚 川村フク子)

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